はじめに
かつては我が家も「Wi-Fiルーター 1」を使っていた。いまはもう懐かしい2、黒地に赤い線が入った某社の機器を別のルータの配下にぶら下げて、ブリッジモードで動かしていた3のを覚えている。欠陥があるというわけではなかったが、なにぶん古い機器で、力不足の感があった。起動時間が長いと動作が不安定になり、しばしば再起動を強いられた。帯域ごとにSSIDが分かれているせいで、遠くの部屋では手動で2.4GHzのSSIDに切り替えることもあった。無線の範囲を広げるには、レイテンシの悪化を覚悟で、中継機を使うほかなかった。しかしそれも数ヶ月前に終わった。
6月ごろ、AmazonでNetgearの法人向けアクセスポイントWAX214が安売りされている(7900円 / 定価24200円)のを見つけた。これは同社のなかでは廉価なライン(小規模オフィス向け)の機種で、最大1201 + 504Mbps、802.11ax(Wi-Fi 6)対応、推奨接続数40台と、逸般の誤家庭用としても使えるスペックになっている。以前から家庭用「Wi-Fiルーター」には愛想を尽かしていたので、これを機に法人向け機種を導入することにした。さらに二台設置し、高速ローミングの構成を組んだ。以下はその記録である。
注意点と準備
当然ながら法人向けアクセスポイントはいわゆる「Wi-Fiルーター」と等価ではない。したがって置き換えにあたっては注意点がある。まず、基本的にかれらは純粋なアクセスポイントの機能しか持たない。そのため上流にルータないしその相当物(ホームゲートウェイなど)が要る。
また、大半の機種はイーサネット経由での給電を前提としている。したがって、本体に加えてPoEスイッチ(ないしPoEインジェクタ)を用意しなければならない。PoEにはいくつかの規格4が存在するため、当該機種の対応する規格を見て適切なスイッチを選ばないと馬鹿を見ることになる。私は価格と設置スペースの関係で、TP-LinkのTL-SG105PE(PoE+)を選んだ5。
なお、WAX214は同じ名称で2021年と2023年に発売されており、二つの世代6が存在する。今回導入したのは新しいWAX214v2(WAX214-200***
)のほうである。
セットアップ
設置はごく簡単で、PoEスイッチを挟んでルータとアクセスポイントを接続すれば終わる。設置が済んだらWebインターフェースにアクセスして設定を行う。主な設定項目は以下の通り。
- SSID
- 最大4つ設定できる。帯域をまたいだSSIDも可能
- 暗号化モード
- WPA2/3-Personal、および両者の混合モードのほか、WPA2/3-Enterpriseから選択する。WPA3-Enterpriseについては192-bit modeも可能
- 無線チャネル
- 範囲を指定して選択する。「11chのみ」「W52帯(36, 40, 44, 48ch)のみ」なども可能
- ゲストネットワーク
- ゲスト用のネットワークを設定して別のIPブロックに分離できる
- スケジュール機能
- 曜日・時間帯ごとのSSIDの有効 / 無効や、機器の定期再起動などを制御できる
- 高速ローミング
- 暗号化モードがWPA2の場合のみ、高速ローミングの設定が可能。これについては後述する
性能の検証
あちこち移動して厳密に信号強度を取るような真似はしなかったが、参考までにiperf3でLAN内の速度を実測した。有線接続したマシン上でiperf3サーバを起動し、自室(家の隅にある)にてアクセスポイントに接続(5GHz帯、802.11ax)した端末からテストを実行した結果が以下である。
だいたい250Mbpsくらい? で、距離が離れていることも考えると、実用上は十分な速度と思われる。めでたしめでたし、のはずだが……
高速ローミングの仕様検証
以下が本題である。
製品ページからもわかる通り、この機種は基本的に単独で運用する前提で販売されており、データシートを見ても複数台での運用を匂わせる記述はまったくない。ところが先に述べたように、暗号化モードにWPA2を用いると、「高速ローミング」のオプションを利用できる。
ℹ️ の箇所の説明は以下のようになっている(原文ママ)。
同じESS (Extended Service Set) のAP間で、クライアントのローミングを支援するために有効にします。このオプションは、WPA2-Personal/Enterprisのいずれかで利用できます。
これは具体的にどういう振る舞いを指すのか? この疑問の背景には多少入り組んだ事情がある。
ローミングをめぐる諸問題
そもそもローミングとは何か・その詳細については外部記事に委ねるとして、大まかにここでの問題意識を説明する。
そもそも、LAN内の複数のアクセスポイントに同じSSIDを割り当て、その間で接続した端末を移動させると、たいていの端末はより条件の良いアクセスポイントに自動で繋ぎ替えてくれる。これが「ローミング」である。このとき、端末は適切な接続先を選択するため、みずから各アクセスポイントの情報(信号強度など)を得るだけでなく、アクセスポイント側からも支援情報を受け取ることができる。さらに実際に繋ぎ替えるにあたっては、通信が切れる期間を短縮するため、認証と接続の手続きを簡素化することができる。「高速ローミング」と称されるものの多くはこれである。
ところでこれらの過程では、端末やアクセスポイントがいくつかのプロトコルを用いてやり取りする。代表的なのはIEEEが標準化した802.11k、802.11v、802.11rなどだが、それとは別に、メーカーが独自の実装を乱立させている場合もある7。さらにプロトコルによっては、端末側が対応していなければ利用できない場合もある。ではWAX214の「高速ローミング」はいずれにあたるのか? この点について、製品のデータシートには一切記載がなかった。そこで以下ではこの機種を二台8用いて、その内実を検証する。
検証方法1:ログを見る
まず、二台のWAX214に同じSSIDを設定し、一方のそばで端末を接続する。そしてもう一方のアクセスポイントのそばに移動する。するとアクセスポイントのログに以下のような内容が残る。
どうやらFT(Fast Transition, 802.11r)と関連した鍵のやり取りが行われているように見える。少なくとも802.11rについては対応していることが期待できる。
検証方法2:ビーコンのフレームを見る
より確実に知るには、アクセスポイントが発信しているビーコンの内容、すなわち802.11の管理フレームを覗き見てやればよい(参考1、参考2)。なぜならビーコンには、そのアクセスポイントが対応している規格等の情報も含まれているからである。
以下はWiresharkでキャプチャしたフレームの抜粋である。省略部分は...
で示す。あらかじめ結論を述べると、ハイライトした部分から、802.11k、802.11v、802.11rの三つのプロトコルがサポートされていることがわかった。下でそれぞれについて説明する。
802.11k
802.11kのサポートは、Tagged Parameters
> Country Information
, Power Constraint
, RM Enabled Capabilities
の項目が存在し、かつRM Enabled Capabilities
> RM Capabilities
> Neighbor Report: Enabled
となっていることから確認できる(参考)。
802.11v
802.11vのサポートは、Tagged Parameters
> Extended Capabilities
> Extended Capabilities
> BSS Transition: Supported
となっていることから確認できる(参考)。
802.11r
802.11rのサポートは、Tagged Parameters
> Mobility Domain
> FT Capability and Policy
> Fast BSS Transition over DS:
の項目が存在することから確認できる(参考)。
おわりに
いやこういう大事なことは製品のデータシートに書こうよ